で、さりとてその緒口も見付からない時であつたので、ええ、戴きますとさう云つた。その云ひ方がやけにまた力を籠めてゐたので、奥さんは医者を見て妙な顔付をした。『うん、持つて来い。』奥さんは酒の仕度に行つた。
読者よ、何卒《なにとぞ》茲に見られる私の執拗を咎めないで下さい。お咎めになるまでもなく、私自身かういふ点では十分に罰せられてゐる。しかしそれにしても、もし今後私が少々人物を書き分けることができるとすれば、それは此の執拗を以て、辛いながらも人に接し、小胆なくせに無遠慮でもあるからなのです。
酔ひが廻るに従つて、私はまた例の如く喋舌りまくした[#「した」に「ママ」の注記]。その私はげにも大馬鹿三太郎であつた。後ではまた慚愧《ざんき》するのだとも思はないでもないのだが、これが私の人に親炙《しんしや》したい気持の満たし方であり又、かくすることによつて私は人に懐《なつ》き、人を多少とも解するのである。その大馬鹿三太郎を抑制することは今、この医者の友人の長男を可笑しきものとしないためには役立つのであるが、自己表現欲、或ひは又智的好奇心のためには、ただただ害があるのである。されば、ままよ。損をす
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