つと茲で終りを告げるのであつてみれば、此の町に、今は自分の友人とてもない身の、フラフラツと、久しぶりにゆつくり話さうといふ気にもなつたし又、先に此の医者が死んだ弟にあなたは死ぬんだなぞといつた時、ビツクリさせられた印象が、何か此の田舎医者の中に追求してみたいといふ気持を、漠然と抱かせてゐたので、瞬時躊躇はしたものの、よし、では上つてやらうといふ気を起したのであつた。
『では』と云つて、私が背ろの硝子戸を締めると、医者の奥さんは、ニッコリとした。『獲物がかゝつた……』云つてみればさうなのである。

 更めてまた哀悼の辞を述べた後、此の医者は、私の東京に於ける生活の模様を、何かと訊くのであつた。やがてそれも絶えると、僕は年齢の二十余りも違ふ大人の前に罷《まか》り出た青年の、あの後悔を感ずるのであつた。代議士の妾宅であつたその家は、却々《なかなか》立派であつたので、私は『結構なお住ひです』なぞと、柄にもないことを云つて、又あらたな後悔をするのであつた。
 やがて酒はどうだといふ。私はまだ死んだ弟の仇打をしなければならないと、云つてみればそのやうな気持を、此の医者と対座して以来益々抱いてゐたの
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