た、紙や泡《アブク》のヒヨロヒヨロと顫《ふる》へてゐるドブは、それを見ながら歩くことが嫌ではなかつた。
焼香の返礼を、私が如何に大真面目に勤めたかは、今考へると滑稽でもある。
母は、医者の所へは、一番最後にゆつくりと出掛けて行つて、その時はお礼の品も持つて行くのだと吩付《いひつ》けた。『ええ』、とは云つたものの医者の顔をジツクリと思ひ浮べてみるのであつた。
その日が来た。行つたのは午後の四時頃であつた。その日もやつぱり曇つてゐて、十月末の日はもう、医者の玄関に這入ると仄暗かつた。
挨拶をすますと、まあ一寸上らないかと云ふ。『ゆつくり弟さんの話でもしませう。』
偶に帰つて来てゐる、自分の友人(父は生前その医者の友達であつた)の長男は、どんな男だらうかといふ、私に対するイヤな好奇心もあつたのだが、若い患者に、あなたの病気は癒らないのだといふことを何か悟つたことでもあるやうに思つたりする此の田舎医者は、恰度《ちやうど》その時患者もゐなく、夕飯前の時刻を、ボンヤリしてゐたのであつてみれば、上つて話せといふその言葉も、可なり自然なものであつた。私にしてからが数日来の色々のお勤めが、や
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