死んだ弟の次の弟が、訊かれたでもないのに、フト語り始めるのであつた。『泰ちやんは、大きな声で色んなことを云ひ出したよ。医者の奴は、脳にまゐりましたと云つたよ。それから、直ぐに麻痺させる注射をした。……だがあの時は、大きい声で云つたことは、泰ちやんの気象を全く現はしてゐたよ。』『あれあ実際……脳に来たのでもなんでもなかつたんだよ。』とその一つ下の弟は続けて、そつぽを向くのであつた。
『大きい声で何を云つたんだい。』
『それあ』と云つて上の弟は、一寸どれから云はうかとしたのであつた。云へるものか、併し……何か云はう。
『梶川(医者の姓)、おまへは俺を殺す! ……『実際、大きい声だつたよ』と云つて弟は涙をゴマ化すのであつた。
 道は少しのデコボコだつたが、私は前々夜来睡眠をとつてゐなかつたので、僅かのデコボコにも足許がフラフラし、頭もフラフラした。冷たい軽い風のある日で、ワイシャツの袖口あたりに、ウブ毛の風に靡くのが感じられるやうなふうであつたことを記憶してゐる。道に沿つたお寺の、白い塀壁の表面のウス黒い埃りや、そこに書いてあつた〈へのへのもへじ〉なぞも、目に留つてゐて離れない。その塀に沿つ
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