らなかつた。
北風は往還を白くしてゐた。
つるべの音が偶々《たまたま》した時、
父親からの、返電が来た。
毎日々々霜が降つた。
遠洋航海からはまだ帰れまい。
その後母親がどうしてゐるか……
電報打つた兄は、今日学校で叱られた。
秋の日
磧《かはら》づたひの 竝樹《なみき》の 蔭に
秋は 美し 女の 瞼《まぶた》
泣きも いでなん 空の 潤《うる》み
昔の 馬の 蹄《ひづめ》の 音よ
長の 年月 疲れの ために
国道 いゆけば 秋は 身に沁む
なんでも ないてば なんでも ないに
木履《ぼくり》の 音さへ 身に沁みる
陽は今 磧の 半分に 射し
流れを 無形《むぎやう》の 筏《いかだ》は とほる
野原は 向ふで 伏せつて ゐるが
連れだつ 友の お道化《どけ》た 調子も
不思議に 空気に 溶け 込んで
秋は 案じる くちびる 結んで
冷たい夜
冬の夜に
私の心が悲しんでゐる
悲しんでゐる、わけもなく……
心は錆びて、紫色をしてゐる。
丈夫な扉の向ふに、
古い日は放心してゐる。
丘の上では
棉の実が罅裂《はじ》ける。
此処《ここ》では薪が燻《くす
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