霧|罩《こ》めた飛行場から
機影はもう永遠に消え去つてゐた。
あとには残酷な砂礫《されき》だの、雑草だの
頬を裂《き》るやうな寒さが残つた。
――こんな残酷な空寞《くうばく》たる朝にも猶《なほ》
人は人に笑顔を以て対さねばならないとは
なんとも情ないことに思はれるのだつたが
それなのに其処《そこ》でもまた
笑ひを沢山|湛《たた》へた者ほど
優越を感じてゐるのであつた。
陽は霧に光り、草葉の霜は解け、
遠くの民家に鶏《とり》は鳴いたが、
霧も光も霜も鶏も
みんな人々の心には沁《し》まず、
人々は家に帰つて食卓についた。
(飛行機に残つたのは僕、
バットの空箱《から》を蹴つてみる)
三歳の記憶
縁側に陽があたつてて、
樹脂《きやに》が五彩に眠る時、
柿の木いつぽんある中庭《には》は、
土は枇杷《びは》いろ 蝿《はへ》が唸《な》く。
稚厠《おかは》の上に 抱へられてた、
すると尻から 蛔虫《むし》が下がつた。
その蛔虫が、稚厠の浅瀬で動くので
動くので、私は吃驚《びつくり》しちまつた。
あゝあ、ほんとに怖かつた
なんだか不思議に怖かつた、
それでわたしはひとし
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