なんだか、深い、溜息が、
 なんだかはるかな、幻想が、
湧くけど、それは、掴《つか》めない。
 誰にも、それは、語れない。

誰にも、それは、語れない
 ことだけれども、それこそが、
いのちだらうぢやないですか、
 けれども、それは、示《あ》かせない……

かくて、人間、ひとりびとり、
 こころで感じて、顔見合せれば
につこり笑ふといふほどの
 ことして、一生、過ぎるんですねえ

雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあつたかい、風が吹く。


曇天

 ある朝 僕は 空の 中に、
黒い 旗が はためくを 見た。
 はたはた それは はためいて ゐたが、
音は きこえぬ 高きが ゆゑに。

 手繰り 下ろさうと 僕は したが、 
綱も なければ それも 叶《かな》はず、
 旗は はたはた はためく ばかり、
空の 奥処《をくが》に 舞ひ入る 如く。

 かかる 朝《あした》を 少年の 日も、
屡々《しばしば》 見たりと 僕は 憶《おも》ふ。
 かの時は そを 野原の 上に、
今はた 都会の 甍《いらか》の 上に。

 かの時 こ
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