ちょいちょいと舞台を眺める教育を受けたのである。だから私は充分大人となってから後も、芝居というものは何か退屈をきわめた時に芸妓を連れて遊びに行く場所だとばかり思っていた。芝居の中心は舞台の方になくてわれわれ見物人の方にあるようだった。だから今私が小さい時のことを考えても、舞台で何を演じていたかということはあまり記憶に残っていない。ただ時に大きな月がおりて来たり、波が動いたり、その波と波との間を何か美しいお姫様が流れて来たり、それが助けられたり、馬に乗せられた罪人の娘が引摺られて来たり、寒い時に役者の素足がふるえていたり、切腹したり、雪が降ったり癪を起こしたり、刀を抜いたりした断片を覚えているだけである。それが何という芝居でどんな筋であったかも皆忘れてしまっている。それよりも私は私の側に並んでいた芸妓の話や、父の顔や、女将の肖像、盛られた御馳走の方を多く記憶する。あるいは時には芸妓の代りに母と女中であったりしたこともある。
 私はその後、学校生活のためや、肝腎の父が死んだりして十年以上も殆ど芝居を見ずに暮してしまった。
 今度は父の代りに私は友人に誘われて再び芝居を見るようになった。十何
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