きの入院料や手術代それからさきの幕のない女一代の長さであった。
 次の間で一族はなぜこんな不思議なことがあるのやろかといって、まったくこの結構な[#「結構な」は底本にはなし]奇蹟に対して迷惑そうな顔をした。

 奇蹟といえばアメリカ映画の活劇や猛闘を見ると奇蹟だらけである、もうあれだけの谷底へ自動車もろとも墜ちたのだから多分助かるまいと思っていると、案外平気な顔で何度でも起き上がって来る主役がある。
 七度生まれて何とかするという言語はアメリカではありふれて役に立たないだろう。

 私はそのころ流行していた軍歌の一節、死すべき時に死せざればという文句を思い出した。遠足などでただ何となく歌っていたものだが、なるほどあれはこのことかも知れない、と思ったことであった。
 やがて彼女は完全な亀の甲となって退院したが以来、はかなきその一生を棒となった片手に環をはめて、それへ糸を通し残された右手をもって糸車を廻しているという。
 それから彼女を食べた悪食坊主であるが彼は自殺のあった翌日から行方不明となってしまったそうである。坊主は亀を食べて中毒した。
[#地から1字上げ](「週刊朝日」昭和二年九月
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