のである。
 私達は一番いいというものを探しているのでは決してないので、手当たりしだいの手近なものに美しさを認めている。そして第一その野菜なり美人なりを食べようとは思わない。大概の場合その静物が絵となってしまうころは野菜は萎びてしまい果実は腐りかかっているから、皆そのまま芥溜めへ捨ててしまう。モデルは腐らない代りに、金を受け取るとすぐアトリエから去ってしまう。
 裸女や野菜を私達は眺めているが、それを一々細君として見たり、毎日のおかずとはしない。したがって私達はそれらのモティフに対して、非常に自由な選択が許されている。
 あまりに自由であるから、かえってまごつくのである。だから私達の前へ十人の美人の写真を並べてどれを細君にしたらよいか、どれと恋愛をしたら間違いがないかを鑑定してくれと注文したら、案外一番妙なものをつかみ出すかも知れない。
 AはAとして、BはBとして、CはCとして面白い、これはこれとしてあれはあれとして面白いと思うから結局どれが日本一だかさっぱり判らなくなってしまう。その点、女色を漁る色魔とか、食物を極端に味わうところの悪食家の心にも似ている。
 何事によらず素人という
前へ 次へ
全237ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小出 楢重 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング