カンテラの火で虫を呼びよせて見た。そして石崖の間に私の愛する彼らのツルツル頭を発見すると同時に、私は棒でたたき潰《つぶ》さねばならなかった。
 だが、このビルディングの奥深く這入《はい》り込んだ蟋蟀は容易に出て来てはくれなかった。喧《やか》ましゅうて寝られんやないか[#「ましゅうて寝られんやないか」に傍点]と父が怒る度《た》びに、私は全く、蟋蟀が自殺をしてくれたらいいと思った。結局、石崖を取毀《とりこぼ》たない限りは完全な退治は出来難い事になってしまった。
 私は、以来、蟋蟀の声を聴く度びにその時の情なさを思い出す。そしてその頃の堺筋の情景を思い出す。あの家も既に売払ってから十年近くなる。今は何かハイカラな洋館と化けてしまっている。勿論、あの前栽も石崖もなくなったであろう。しかし、あの蟋蟀の子孫は、まだ、裏の下水のあたりで鳴いているにちがいないと思う。

   迷惑なる奇蹟

 私は常に静物を描くために野菜や果物を眺め、あるいは人間の顔や裸女を観て暮している。それでは野菜や美人の選択はよほど上手かというと、案外うまくないように思う。日本一の美人は誰ですかと聞かれたら早速に返事は出来ない
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