ま》き散らしてしまったのであった。二、三十匹は確かにいたはずだ。
その夜、彼らは一斉に、元気に、鳴き出した。
すると、肝腎の鈴虫や、朝すずの声は蹴落《けおと》されてしまった上、前栽は完全に空家の感じを出してしまった。でも私は、内心かなり得意なつもりで寝たものだ。ところへ父が帰って来た。そしてなぜこう一時に蟋蟀が鳴き出したのかといって大そう驚いた。母も察する処、楢重《ならしげ》の所業だとにらんだらしい。多分昼の間に逃がしたんだすやろ[#「多分昼の間に逃がしたんだすやろ」に傍点]といった。私は忽《たちま》ち恐縮を感じたが、もう如何《いか》んともする術《すべ》はなかった。仕方がないので寝たふりをしていると、父は一人で庭へカンテラを持ち出して、石崖の間を狙《ねら》っているのだ。弱った事になって来たと思っていると果して、私はゆり起された。楢重、ちょっと来いお前やろ、さあこの虫を皆|退治《たいじ》てしまえといい渡された。ねむい眼で石崖の穴を覗いて見たが何も見えなかったが、なるほど、合唱隊は随分騒いでいる。
私はそれからおおよそ一週間というもの、毎晩の如く石崖の前へ立たせられた。私は棒を握って
前へ
次へ
全237ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小出 楢重 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング