してなかった。今の時代では誰れしもが、影は紫であるなど考えるものがなくなったからいいが、全く私は、その頃情けなく思った事である。しかし私はその紫色が癪《しゃく》にも障《さわ》ったので、見えもしない物の影を紫になど頼まれても描いてやるものかという気になってしまった。
だから、その頃の古ぼけた私の習作を今出して見ると全く驚くべく真黒な色で塗られている。
セザンヌやゴーグの感染時代には、素描の確実な画家や林檎《りんご》を林檎と見せる画家は、殆《ほと》んどこの世から一時姿を消さねばならなかった。消えてなくなれと皆もいうし、本人も全く第一、絵でめしさえ食って行ければ、先ず何んとぼろくそに叱《しか》られても、多少の楽しみはあって、生きては行かれるけれども、食えない弱味があるからには、全く消えてなくなるより他に道がなさそうに思えてくるのである。相当のよい素質の画家が、その頃やむをえず死んでしまったであろうかも知れないと私はひそかに考えている。
あるいは童心と無邪気と稚拙とによって描く事がいい事だと、誰れかが、あるいは電報通信社からか、通知があったりすると、相当永い年月を技巧の習練や調子のお稽古
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