》らず、画家にして画かきに非ずとさえ見做《みな》される事が、日本では殊の外あったようである。ところで一時代過ぎてその酒めしの看板と田舎道が、とみに人気を失いかかると、もう薄情にも、誰れがあんな阿呆《あほ》らしいものを汽車賃まで使って描きに行ったのか、その心根がわからないではないかという事になったりする。勿論《もちろん》、現代では何がな横文字の看板ばかりあさって歩く風潮もあるにはあるが。
私が白馬会《はくばかい》へ最初通い出した時分は何がな、風景でも、何によらず、物体の影という影は光線の具合によって、紫色に見えるものだよ君、眼をほそめて、自然を観察して見給え、そら、紫でしょうがな、と私はしばしば注意された事であった。そうかなと思って私はつくづく眺めて見たが、遠方はなるほど多少紫っぽいが、人間の髪の毛や、近くの樹木の幹の影などは皆が、素直に紫に見る如く紫では決してなかった。私はこれでは画家としての眼を自分は備えていないのかと思ったりしてふさぎ[#「ふさぎ」に傍点]込み、下宿へ帰って一晩中考えて見た事さえあったが、しかし、翌日、谷中《やなか》の墓地を通って見ても、木の幹の影はやはり紫では決
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