世物の中で、特に私の興味を捉《とら》えたものは蛸《たこ》めがねという馬鹿気《ばかげ》た奴だった。これは私が勝手に呼んだ名であって、原名を何んというのか知らないが、とにかく一人の男が泥絵具と金紙で作った張《はり》ぼての蛸を頭から被《かぶ》るのだ、その相棒の男は、大刀を振翳《ふりかざ》しつつ、これも張ぼての金紙づくりの鎧《よろい》を着用に及んで張ぼての馬を腰へぶら下げてヤアヤアといいながら蛸を追い廻すのである。蛸はブリキのかんを敲《たた》きながら走る。今一人の男はきりこ[#「きりこ」に傍点]のレンズの眼鏡を見物人へ貸付けてあるくのである。
 この眼鏡を借りて、蛸退治を覗《のぞ》く時は即ち光は分解して虹となり、無数の蛸は無数の大将に追廻されるのである。蛸と大将と色彩の大洪水である。未来派と活動写真が合同した訳だから面白くて堪まらないのだ。私はこの近代的な興行に共鳴してなかなか動かず父を手古摺《てこず》らせたものである。
 私は、今になお彼岸といえばこの蛸めがねを考える。やはり相変らず彼岸となれば天王寺の境内へ現われているものかどうか、それともあの蛸も大将も死んでしまって息子《むすこ》の代とな
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