化あり、かつ面白く、景気もいいようである。
 春夏秋冬、鳥は啼《な》かず、花は開かず、紅葉もせず、夕立もなく、雪も降らず、人間は貧乏と用事ばかりであったり、あるいは失業しているばかりでは、全く世界は憂鬱《ゆううつ》である。この憂鬱が、もし内攻でもするとそれこそ何か不祥な事でも起りはしないかとさえ思われる。
 何んとか一年のうちには雷が鳴ったり何か素晴らしい事があったり、やけ糞《くそ》でもいいから大騒ぎでもするとか、何かぱっ[#「ぱっ」に傍点]とした事があってほしいものである。
 しかし、大騒ぎといっても、戦争や米騒動などは、如何に素晴らしくともあまり好ましいものではない。あの怖《おそ》ろしかった米騒動の時、私は時々見物に歩いて見たが、あののぼせ上っている人たちの様子が、かなり愉快そうに見えたことがある。私はこれは不気味な祭礼の一種ではないかとさえ感じた。先ずさような喧嘩腰《けんかごし》でないものを私は望むのである。
 そんな意味からいっても、私は人間界には祭礼というもののあることなどはいい事だと思っている。
 今は、全国的に衰えて来たようであるが以前は夏祭や秋祭、あるいは盆踊、地蔵祭な
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