、やさしい動物に見えるけれども結局、それは記憶力の欠乏せる忘恩の、ずうずうしい、食いしんぼうの、強いものに対しては弱く、弱いものにはすこぶる強く出るところの小癪に障る奴であることに気がついた。
奈良の小学生達は大概、初夏の頃になると女鹿をおそれてなるべく避けて通学するのを見る。何故女鹿が怖ろしいかというと彼女は大切の赤ん坊を連れているからである。いやに神経を尖らせて注意深く周囲を眺めながら、多少足を踏ん張る如く力強く歩いている彼女は、大概子供を連れているか、あるいは近くの木の根や草むらに幼児を隠している。そして強そうな大人に対してはあまり向かってこないが女、子供、子守、老婆、幼児に対してはまったく威力を持つ。彼女は不意に背後からその両足を高く挙げてわれわれの肩を打つのだが、大概のものは一度で倒れてしまう。私は散々その足蹴にされている女や子供を見た。奈良公園の車夫どもは長い竿を持って彼らを追うのだが、もし誰も救うものがいなかったなら、半死半生の目にあうかも知れない。
鹿はしばらく倒れたものを眺めていて決して去らない。逃げようとして起き上がると再び足で踏むのだがその堅い足はまったく金槌
前へ
次へ
全237ページ中158ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小出 楢重 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング