で近代の堺筋は外国の如くである。亀の住むべき屋根を奪ってしまい、長男の私を油絵描きにしてしまった。
 私の弟が私に代って家伝の薬を継承してくれたことを私は心から感謝していいことである。最近、その亀は、下寺町の心光寺の境内に居候《いそうろう》していたのだが、その心光寺の本堂が三、四年前に炎上してしまった。しかし不思議にもその亀のいた庫裡《くり》は幸いにして焼け残ったのである。この現代ではまたもや亀が水を吐き出したのだと吹聴しても誰も本当にはしないであろう。
 近ごろその亀も、いよいよ朽ちはてようとしつつある時、たまたま大朝《だいちょう》の鍋平朝臣《なべひらあそん》、一日、私に宣《のたも》うよう、あの亀はどうした、おしいもんや、一つそれを市民博物館へ寄附したらどうやとの事で、私も直に賛成した。そして、亀は漸《ようや》くこの養老院において、万年の齢《よわい》を保とうというのである。

   奈良風景

 新緑のもとに女鹿が子供を連れて遊んでいる。何という絵らしい情景だろうと思って眺める。
 しかし私はしばらく奈良に滞在して、朝夕鹿と交際をしてみた。そして鹿というものは最初見た時は大変愛すべく
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