神位妙伝方と記されてあった。
 その中で生れた私は、人間というものは、誰でも生れると、何かなしに、頭の上に亀がいるもので看板の中に住んでいるものだと考えていた。そして、人間は膏薬を売っているものだと思っていた。ところが少しもの心づいて来るに従って亀は私の家の看板で、薬屋は自分の家の商売だということがわかって来た。しかしその膏薬は何に効験あるものかという事は全く、十七、八歳に至るまで、私は本当によく知りもしなかった。
 ただ私の店へ毎日参ってくる大勢の客はすべて腫物《はれもの》の出来た人であり、あるいは妙な処へ負傷した人のみであった。とにかく私は私の家が何屋さんで父は何をしているのか、屋根の亀は何んのまじない[#「まじない」に傍点]であるかについても永《なが》い間全く無意識だった。
 ところで私が中学へ通い出した時分頃からしばしば訊《き》かれたものである。君の家の亀はいつごろから存在するのか、その薬は何に効《き》くのか、香水か、それとも線香か、私は随分その答弁に悩まされたものであった。さあ、俺《おれ》が生れると既に亀が往来をにらんでいたのでよく知らんといって置いたが。しかし私も気にかかる
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