。
それから、私は町名を忘れたが今もなお木彫である処の古めかしい河童《かっぱ》が屋根からぶら下っているのを見たことがある。グロテスクで気味悪いくせにちょっと見たい気のするものである。
私の生れた家は堺筋にあって、十年以前まで存在していた。先祖代々が古めかしい薬屋であるがために、家の店頭はあらゆる看板によって埋まっていた。今でも記憶にあるものでは急活丸という舌出し薬の看板である。藪《やぶ》医者のような男の半身像が赤い舌をペロリと出しているのである。それからライフという当時ハイカラな名の薬の看板はガラス絵だった。痩《や》せた男が臓腑《ぞうふ》を見せて指ざしている絵だった。その他、様々の中で最も手数のかかった大作は、何んといっても、私自身の家の膏薬《こうやく》天水香の亀《かめ》の看板であった。
それは屋根の上に飾られてあった。殆ど一坪を要する木彫の大亀であった。用材は楠《くすのき》である。それは地車の唐獅子《からじし》の如く、眼をむいて波の上にどっしり坐り、口を開いて往来をにらんでいるのであった。
そして、私の店には、一畳敷あまりの板看板が黒い天井から下っていた。それには三社御夢想、
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