、どうせ心がいびつになっていましたからねと、口でこそはいわないが、よろしく推察してしまう。
 それは自転車が衝突して二人とも転んだ時の如く、勝手に起き上がって埃をはたいてちょっと目礼してさっさと走って行くようなものだと考える。
 だから大体、西洋からの新帰朝者の感想や言葉などいうものほど信用のならないものはないと私は思う。皆いろいろのつきものや昂奮の飛沫を喋ることも多いのである。まず一、二年間は静養させてやる必要があるかも知れない。私なども日本へ帰ってからだんだんと西洋の味がわかって来たように思えてならない。
 私が今度、再び渡欧出来る機会があったとしたら、その時こそはまったくの正気でゆっくりと長閑に味わいたいものだと考えるが、これには確信が持てないようだ。私はちょっとした旅をしても、落着いた心で制作することさえ出来ない性質であるから、またすぐさま天狗につままれてしまうかも知れない。怖るべきは天狗の仕業である。
 だが、時々人間は何かにつままれたくなるものだ。つままれたる[#「たる」は底本では「た」]昂奮状態というものはかなり淋しくない、いい気持でもあるのだ。
 私は近頃何かにつままれ
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