先ずどちらにしても、古今東西、足が誘惑する事において変りはない。
 先ごろ女中のお梅が市場へ蛸《たこ》を買いに行った時、なるべく足の沢山あるのを下さいといったら魚屋のおやじが、蛸の足は昔から八本ときまってますと答えた。随《つ》いて行った私の子供が帰ってから、皆にこの事を話したのでわれわれは笑った。しかし、お梅の弁明によると、蛸の足は決して常に八本|揃《そろ》ってはいないというのであった。買って帰ってよく調べて見ると、往々にして一、二本不足している事がごわす[#「ごわす」に傍点]というのだ。
 なるほど、蛸もあの素晴らしき足の八本を裸のままで見せている事は真《まこと》に危険だと私は思った。全く、いつ何時《なんどき》、如何《いか》なる災難がふりかかるか知れない。砂地の上で昼寝のせつ、猫にたべられた話もある位いだ。
 蛸に意識があったら必ず靴下と猿股《さるまた》をはくであろう。
 それにしても、毎日市場へ通うものは、またその道に通じて、蛸の足は常に必ず八本ではないということを知るに至る。するとわれわれ笑ったものは蛸に関しては素人《しろうと》であった訳である。
 私の愛猫《あいびょう》フ
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