で月並な秋の顔は出来上がる。なお何かモダンなポスターを求められたら、グラーフ・ツェッペリンの名と姿を月とともに担ぎ出すのは今のうちである。

 とにかく秋の顔は春よりも清潔である。人の顔には用意があり冴えている。肥え太っていても脂と汗の臭気を伴わない。それらは内攻している。まず外見だけは高尚にして品格高しとせねばならぬ。
 したがって燈火親しむという秋の言葉がある。静かなことである。春の夜はそぞろあるきという、もちろん愛人とともにである。秋の夜はつい待たされがちだという歌がある。太陽が近づくのと遠ざかるのとでこれだけの差が生じてくる。
 つい待ち呆けの悔しまぎれに、一つ芸術でも味わってやろうかという気になったり感傷的な日記の一つも書きつけてみたくなったり歌の一つも詠じてみたくなるのも秋である。そのためかどうか知らないが、秋の美術展覧会ははなはだ賑わうけれども、春の展覧会は入場者が少ないので損をするという噂がある。まず秋の顔は高尚だとしておこう。

   大和魂の衰弱

 私自身の経験からいうと、私たちの学生時代は、自分らの作品を先生の宅へ持参して、特に見てもらうという事をあまり好まない
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