うや》くしみじみとなって席を出ると直ちにお向いのダンスホールとジャズの速度である。
ダンスといえば、私はその様々の効能を説かれて実は二、三度教えを受けて見た事があるが、私の心はジャズと共に明るくは決してなり得なかった。私の本心が踊ってくれないのであった。私の食道の中には先祖代々親ゆずりの長煙管《ながぎせる》が魚の骨の如くつかえているのを私は感じとうとう踊りの稽古《けいこ》は辞退した。如何に動くものに興味を持つとはいいながらも私はあらゆるテンポが静まり返っていた私の故郷の日本もまた忘れ得ないのである。時々われわれがどうかすると東洋回顧をして見たくなるのもあまり動いているとくたびれるので時に飲み込んでいた祖先の煙管を取り出してちょっと一服がして見たくなるのではないかとさえ思われる。しかしながら私たちの次にはきせる[#「きせる」に傍点]とは一体何にかと訊《き》く少年が現われているらしい気がするのである。
閑談一年
一月、新年の遊客、三々五々押し寄せる日多し。石炭をストーヴへつぎ込むことはこの月の仕事である。石炭代が多少気にかかるけれども、まあいいだろうという気になる。籠居してモ
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