《う》せる事であろうかを考えて見た。
しかし、さように私は速度と動くものに興味を持つけれども、悲しい事に、私はこの世に速度というものが加わらなかった頗《すこぶ》る静かな日本の末端に生れ出たものである。動く興味の最初の教育がやっと球ころがしと汽車であった。すると現代の子供は生れると直ぐプロペラーの音を聞き得る訳である。浄瑠璃《じょうるり》が何故に面白いのか、新内《しんない》がなぜ情死させる力があるのか、さっぱりわからない事になりつつあるかも知れない。
私などは、生れるとすぐ浄瑠璃の声を聴いた。それであるのに二、三年も浄瑠璃に御無沙汰《ごぶさた》をして、不意にそれを聴いて見ると、それが大変不思議な世界と思えてならない事がある。なぜむやみにしつこく笑うのか、なぜそんな訳から娘を殺すのか、政岡《まさおか》はなぜ幕を徒《いた》ずらになが引かせるのかなど思う事さえある。だが今乗って来た円タクと油絵の事も忘れてしまってじっと心を静めて見ると、二、三十年以前の私の心がそろそろ蘇生《そせい》して来て、父母在世当時の私の生活や静かな日本を思い出し何んとなく哀調に誘《さそわ》れてしまうのである。漸《よ
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