いうものに憧憬を持ったものである。そして毎日人力車の種々相を描く事を楽《たのし》みとした。
もっと幼少の頃は、女中の背に乗って、毎日々々|梅田《うめだ》と難波《なんば》の停車場や踏切《ふみきり》へ、汽車を眺めるべく、弁当を持って出張に及んだものである。
あまり毎日出張するので女中が、ひまな改札係や踏切番と大変親密になってしまったという話だが、どの程度に親しくしたものか背中の私には一向わからなかった。それはどうでもよいとして、私は今でもその頃の東京行きの機関車の形態を絵に現し得るだけの正確さを以て覚えている。
その後、初めて大阪市中に電車が現れた時、私はそのエキゾウチックなニス塗りの臭気と、ポールや車輪から、世にも新鮮な火花を発しつつ走って行く姿に見惚《みと》れ、私は学校への往復にはその満員になっている新らしい車体へしがみ付いて乗ったものである。
幸《さいわい》にも、私の生れ合せたこの時代位動くものの無数が発達し発明された事はあるまい。天平《てんぴょう》時代から徳川末期に至る年月において、日本では雲助《くもすけ》以上に動くものを発明されてはいなかったようである。日本は大体古来か
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