来のために祈りの心が湧くのを感じます。ああ、御一緒に天に昇りたいものでございますね。[#地から2字上げ](久保謙氏宛 五月二十五日。別府より)

   温泉地になじまず、去る

 お手紙うれしく読みました。私は都合により倉橋島へは行かずに妹と一緒に故郷に帰ることになりました。ただ今は最後の散歩をしてしばしの交わりにはや別れにくきほどの親しさになっている幾つかの家庭に「さようなら」を告げて宿に帰ったところでございます。私たちは何だか悲しい淋しさに沈んでいます。市街の燈火も今晩は心もちかなしそうに思われます。思えば私は浜辺より森のなかへ、病院より温泉宿へと淋しい旅をしては、そのたびに幾人かの忘れえぬ人々とあわれな別れをして来ました。私は今夜はそれらの人々のことを思い出しました。そしてかなしい人生のさだめのまえに、祝福をその人々に送るいのりをせずにはいられません。私は私の未来の生涯をば淋しきものと思いさだめるたびごとに、ただこのようにしてできる多くの淋しい人々のよき友であることのみに私の生きる意味を見いだそうかと思うほどでございます。あなたはいつまでも私を愛して下さいまし。私はこの夏は父母に
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