できる限りやさしくしようと思います。私のふる郷であなたにお目にかかれるならばこのように嬉しいことはありません。私は性と信仰とのことについてもあなたに聞いていただきたいことがありますけれど、それは帰郷してからの詳しき手紙に譲ります。私の心ばかりの送り物を受け取り下さいまし。
[#地から2字上げ](久保正夫氏宛 六月二日。別府温泉より)

   十字架についての思索

 あなたの二つのお手紙と一つの雑誌とは私の手に届きました。私はこの手紙を書きはじめる前に日のあたる縁端の椅子にすわってあなたのなつかしき「花と老いたる母」を読みました。愛とかなしみと、そして遠い心のねがいが運命を知ることによって生まれる純な知恵とが私の胸にひびきました。あなたのものにはツルゲーネフやマーテルリンクなどに見らるるような、知恵と運命とのかなしい遠いこころもちがいつもひそんでいるように感ぜられます。あなたのものを見るまなこは早くから遠くに達することができるようになったものですね。あなたのものにはさながら老年期のような「見渡す力」が見えます。そしてあなたの趣味やあこがれは世のつねのものよりもみなひときわ奥の方へと深ま
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