かりもありません。
 前の手紙には結婚のことを申して送りましたが、あなたもおっしゃいますように、結婚を手段とするのは、ことに女の人に対して不徳なことです。また結婚が、すべての虚栄心を亡ぼしもしますまい。私はもっとよく考えましょう。けれど性の問題にどれほど私が苦しむかを察して下さいまし。「百合の谷」は読みおわりました。私はあなたに親しみを感ずるうれしさに和訳のほうを読みました。あなたの訳は訳したものとは思われないほどに、フリューシヒに私は感じました。そしてこれはこのような気分で生活してる人が訳したものであることは、文章の気品と調子とですぐにわかりました。争われないものだと思います。私は何の躊躇もなく「よく訳されている」と申すことができます。あなたでも、正夫さんでもその勉強には敬服します。あなたはまた試験の最中にこの訳を改訂なさったのでしたね。私は読了しましたから、妹に読ませましょう。トマスは「キリストの模倣」にも出ている隠遁的な、現世の混乱と汚濁とをきらうて、高く純潔なるものを憧るる情に燃えて私に迫りました。
 けれどやはり「なんじをして神につかうることを忘れしむるがごときものの仲間とな
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