した。それは山の上には風寒く北向きにて日あたり悪しくまたあまりに寂寞《せきばく》なるためでした。妹は何となく不幸そうに見えました。そして外は風雨の烈しく樹木の鳴る夜に寒そうな淋しそうな顔をして少しは燈火の美しいところへも行きたいと申しました。妹はついに風邪《かぜ》にかかり発熱しました。そして食事もせずに寝ているところへ知人の医学士が来て、妹の肺は少し怪しいと私にだけひそかに注意しました。そして山の乾いた冷たい空気はいけないからさっそく下山するように勧告しました。私は広島駅で妹を迎えた時からそのやせたのに気がつきました。そして食事のすすまぬのを心配していました。私は妹がもし肺病になればと想像して戦慄《せんりつ》しました。そして私は病人ではなくて妹のほうが病人のように思われました。私は自分の生活のために、弱いまだ花やかなものを慕うにふさわしき乙女を、冷たい、淋しい山の上に連れて来たわがままを後悔しました。そして私の趣味を捨てて妹の健康を救おうと決心しました。妹は可憐にも私のために山の淋しさも寒さも燈火のなつかしさも犠牲にする気で少しも不平はいわぬのみか、かえってあなたが好きなら山におろうと
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