まではあわただしい不安な一週間を送りました。私は傷つける心を抱いて春のほしいままな温泉宿にあることは好みませんでした。それで妹にもたのんで別府の町から一里はなれた、鶴見山という残雪を頂いた山のふところにある観海寺温泉に行くことに決めました。霙《みぞれ》の降るある朝私らは一台の車には荷物をのせて山に登りました。野原のようなところや、枯れ樹立《こだち》ばかりの寒そうな林の中などを通りました。そして峻しい坂路は車から下りて歩かなければなりませんでした。それは痔の痛む私にはたいへん困難でした。宿は静かなというよりも寂しい山の中腹に建てられ、遠くにかなしそうな海がひろがり、欄によれば平らかな広い裾野《すその》の緩かなスロープが眺められて、遠いかなしい感じのする景色でした。浴客は少なく浴槽は広くきよらかにて、私の心に適いました。
私はこの地にてはできるかぎり宗教的気分にみちた生活をする気でした。キリストの四十日四十夜の荒野の生活、ヨハネの蝗《いなご》と野蜜とを食うてのヨルダン河辺の生活、などを描いてきましたので。
けれど私にはここにも十字架が待っていました。宿に来てからは妹の健康は異情を呈しま
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