一部にものっていると思いますが、君に独特な一つの本能となっているほどなよい性質と思います。僕などはどうしてそういう性質が乏しいのだろうかと思います。恋人の手紙さえも失ってしまったことを恥じます。一つは病身で手がないのといろいろな心を打つような出来事にたびたび遭遇してきたので、そういう尊い思い出であっても、直接に重要でないものは省みていることができなかったからではありますが、しかし僕の徳の欠けているということはあらそえない気がします。僕には蔵書ができず、また学者になれないのもそういう性質の欠乏が累《るい》をなしていると思います。大庭君なども君のそういう性質をほめていました。
しかしあの手紙を多くの人々にみせることは私は好みません。あるいは僕がこの世を去ったあとでそれが公けにされて、たとえばゲーテとシルレルとの書信の往復のごとき、文献の一つとして後に伝わるというようなことはふさわしい気がしますが、僕がなお生きているうちにそれがいくらか公けな性質を、たとい出版されるものでなくても、持つことは好ましくない気がします。ことにあの手紙のなかには、僕のプライベートな、したがって親しきものへのほかは
前へ
次へ
全262ページ中250ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング