字上げ](久保謙氏宛 三月十八日夜。中村病院より)
久保正夫氏宛
しばらく御無沙汰しました。実は昨日の朝男の子が生まれました。私は興奮してそわそわしています。男の子で、よく肥って元気そうな男らしい顔をしています。母親も達者ですから悦んで下さい。名は地三とつけました。赤ん坊の泣き声を隣室できくとすぐ父の愛が湧きました。それまでは何の感じもなく、ただ産婦の呻吟《しんぎん》するのを不安に感じて、うろうろしていましたが、不思議なものですね。私はこの愛すべきものを保護してやろうと思いました、そして長生きがしたくなります。私の健康を大切にせねばならぬと思います。
先日謙さんに手紙をかいたら後で熱が少し出ました。それで長い手紙をかくのを恐れています。お絹さんが寝ているので代筆してくれるものがなくなりました。読書もまた禁じられています。春の動いていることを物干場に出てわずかに知っています。そこから街《まち》の上にかかる青空と遠い山脈の一端とを見ます。
私はまことに貧しい生活をしています。江馬君の書物は喜んで頂きます。やがて私のも同君にあげたく思います。[#地から2字上げ](三月二十三日
前へ
次へ
全262ページ中237ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング