いような気がします。やはりこの世は仮りの宿というようなテンポラルな気がします。トルストイやナポレオンは今どうしてるだろう。夏目さんや魚住さんは? と思うと私は変な、淋しい気がしてなりません。今から百年たてば私らのうちひとりも生きてる人間はいないのですね。そのくせこの世は私たちに強い強い愛著を持たせるのですね。私は長生きができないのがなさけなくてなりません。そして死ぬる時の肉体的苦痛が今から気にかかります。私の初子《ういご》が十日以内に生まれるはずです。私はじっさい何と思ってこの子の誕生を迎えていいか自分にわかりません。不思議というほかはありません。生まれた赤ん坊を見たら急にかわゆくなるのでしょうか。みなかわゆいと申しますから、私もそうなるのでしょう。男子ならば地三、女子ならば桑子と名をつけようと、お絹さんと相談しました。いまだ孵《かえ》らぬ卵をかぞえるような愚かなことですけれど。天香さんがはるばる私を見舞いに来て下さるそうで、もったいなく思っています。私は四月中旬まで病院にいなくてはなりますまい、私の書物が出るのは五月初旬でしょう。まだ自分で書くと手が慄えて少し無理です。
[#地から2
前へ 次へ
全262ページ中236ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング