に残っている妻や子は? あなたのお手紙にあったラスクの戦死したことなど思われます。あなたのお写真はよくとれていましたね。少しお瘠せなさいましたね。あまり心を苦しめなすったせいではないかと思いました。魂の悩みを持っている人のように見えました。私の写真はずいぶんふけてうつりました。私はいったいふけました。みなそれを認めて驚きます。私はもうユーゲントを見捨てました。もう一人前になりました。私は老年期の完成を急ぎます。早く堅まりすぎるという人もあるでしょうが、私はあらかじめ自分を七十も八十も生きるものと定めておいて、プログラムをつくって生きることはできません。堅まりたいと常につとめて、しかも堅まれないのが真実と思います。それに私はとても長生きはできません。ゲーテが八十までに成就したことを、私は四十くらいで成し遂げなくてはならないのですから。
ソフォクレスのフィロクテテスを読みました。今から二千年の昔にこのようなものが書かれてあったのだと思うと驚きます。フィロクテテスの深い不幸な魂の呻《うめ》きは、私の心につよく響き、そしてなぐさめに近い同悲の情を呼び起こしました。ヨブなどの運命を思いました。
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