いましたが、どうも気になりますから近く帰るつもりです。私は今は姉の万一にも恢復することをはかない頼みにいたしています。姉亡き後の嬰児や養子や家事の心配などは今考えることさえ不安になりますから、私は姉の息のある限りは、ただどうぞ癒《い》えてくれるようにとのみ祈りつづけてほかのことは思わないつもりです。あれでも不思議に力を持ち返してくるようなことはあるまいかと、空だのみのようなことを考えています。
 私の宅の、あのあなたが二十日ほどいらした裏座敷で、姉は寝床のなかでどんなことを考えているでしょう。生まれたばかりの子は乳母《うば》もなく、老いたる母はうろうろしているでしょう。お絹さんは看護に疲れているでしょう。沈痛な、父の黄いろい面が目の前に浮かびます。――私は来たるべき不幸の前に、心をととのえて用意しなければなりません。私はどんなことにも心を乱さずにおちついて面接できるように、私のこころを鍛えねばなりません。泣いてうろたえている時は過ぎました。涙は外にながれずに内に沁みます。私は運命の前に知恵をもって立ちます。黙ってすべきことをして行きます。あなたはあなたの魂の法則で生きて下さい。私は私の
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