久しぶりのお手紙懐かしく読みました。私こそ御無沙汰してすみませんでした。あなたは転宿なさいましたのですってね。居心地よろしゅうございますか。上野|倶楽部《クラブ》というのは私には見当がつきません。しかし不忍池《しのばずのいけ》のほとりならばまあ下宿としては眺めもあって結構と申さなければなりますまいね。あなたのこのたびのお便りは私にものかなしい感じを起こさせました。私も実はあなたとかなしみを共にするほかはありません。やさしい謙遜なあなたがそのような感じをお持ちになるのはまことにごもっともに思われます。私は未来のことなど人間にわかるものではないと思います。私は一昨年以来続けざまに立てては崩れ崩れしたむなしい計画のことを思うときにつくづく神の司り給う領分に人間が侵入してはならないと思うようになりました。運命は意志以上のものです。私たちは運命は受け取らねばなりません。ただ私はその運命を善なるもの、調和あるものと信ずるのが宗教だと思われます。私は任受の生活が人間に許さるる最高のものではないかと思われだしました。私は昔はツルゲーネフなどの思想を弱いもしくは回避したものとしてイプセンなどの意志の生
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