らはなれる徳とがなくては聖者にはなれないとあなたのおっしゃったのを思いました。あのとき私はまた思いました。「私はただ一つのクレアトールとして、造り主と、他のクレアトールとに対する徳を得たい、神に仕え、隣人を愛して、ひとりの力なき忠実な僕《しもべ》として生きよう」
そのようなことを考えて、宿へ帰る間私は幸福でした。そして私にはまだ残された未来と開拓すべき私の領地とがあるような気がして心強くなりました。私は帝釈《たいしゃく》の三日の間にしだいに希《のぞ》みを恢復《かいふく》いたしました。そして帰る日の朝には、宿の川向かいの貧しい家に夏蚕《なつご》を飼っているのを勤労の心地で眺めたり、宿の寡婦の淋しい身上話をしみじみと聞いてやれるほどおちつきを得ました。
そして「帰ったら勉強しよう」と決心して帰途に就きました。
車の上でもいろいろと考えてみました。そして将来の私の仕事についても、もはや二十五にもなり、学校へは行かれないのだし、考えてみねばならぬと思いました。
私は自分の生活をただちに隣人に献げたい、一つの芸術、一つの哲学として提出する才能はなくても、「生」を享《う》けたものは何とかし
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