じて下さい。実はこの前有島さんたちといらっして下さった時に話し過ぎたので、後で疲れが出てその恢復に一週間ばかりかかりました。本当に病気は対人関係の慰めと餐《もてな》しを稀薄なものにしてしまう点で最も苦しい気がします。そして私のように溺れやすい者にはことに苦しいことです。
「歌わぬ人」は一幕物でなるべくなら発表したくなかったほどつまらないもので「俊寛」だけでは薄いのでいやいやながら添えたのですから期待されると困ります。ではお眼にかかっていろいろ話しましょう。ちょっと急いで返事だけ書きました。
[#地から2字上げ](久保正夫氏宛 六月十一日。明石より)

   ゲーテの「親和力」

 その後心にもなく御無沙汰してしまいました。あなたから心をこめた手紙をたびたびいただいてそのたびごとに、私からも手紙を書きたい衝動を強く感じながら、私の心がある事件のために打ち砕かれて、深く苦しんでいたので、しみじみとお手紙を書くだけのゆとりを得るまでに力なく乱れてしまったので、今日まで手紙を差し上げることができなくて本当にすまなく思っています。
 ことに上州の山の中の小屋で私を思い出して下さって、あの深い孤独と、澄んだ叡智《えいち》とに輝いた便りを下さった時、また湖の畔《ほとり》の旅館からの静かな心をこめた手紙、また母上を東京に送って行かれて帰られた時の手紙など、感動と非常に親しいいきいきしたシンパシーとをもって拝見したのでした。あなたがそのようにも孝心深く、老いたる母上をなぐさめいたわりなされたことは、かつて別府にいた頃、あなたの手紙でよく知っている母上のことを思い出したりして、美しくそして称讚にみちた心で二人で旅しておられる様子などを心に描いたのでした。
 私はあなたの温かい人間的な愛情をあなたの母上に対せらるる行為において最もウィルクリッヒに感じます。(他の場合では私はあなたについてどちらかといえば超人的な意思と叡智とを感じるほうが多いのですが)私がこんなに御無沙汰したのは全く私が悩んでいたからでした。なにとぞお許し下さい。しかし今は努力ののち心の平静を取返し、進むべき途がはっきりと見えてきましたから安心して下さい。
 私は急に東京のほうに引き越す決心をしました。そして二十七日の午後七時、神戸を発する汽車で上京の途につきます。大森に艶子とともに住むことになりました。お別れするまでに一
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