度お眼にかかりたいのですが、私もお絹さんも病気で寝ており、転宅の準備に忙しく取込んでいますし、あなたも学校の講義で忙しいことと思いますから、もしあなたにできるならば、京都駅で停車の間にちょっとでもお眼にかかってお別れしたく思います。お絹さんと地三とはしばらく明石に残り当分私だけで艶子はあとから上京することになっています。
 私はこの二十日ばかり腸を傷《いた》めて弱っていましたが、この頃ようやく恢復してきました。あなたとしみじみした別れをすることができなかったのを残念に思います。しかし、東京へはあなたはわりあいにたびたび出られることと思いますから、お眼にかかれる機会は少なくはなかろうと思います。私は先日「親和力」を読みました。そして実に感心しました。ゲーテの海のようにひろい、そして悠々としたおちつき、そしてそのなかに含まれた限りなく、複雑な要素、本当に磨かれた教養に感心してしまいました。礼儀とか作法とかいうものもゲーテにおいて最も適当な正しい意味で理解することができました。人と人との関係における、種々の心づかい、謙遜、節制などの用意にも感心しました。いたるところにゲーテの優れた、かつ耕された知恵が出ていると思います。私はこの小説において本当にゲーテに愛と尊敬を感ずることができたことを感謝します。そして種々の大切な物の見方考え方を教えられました。
 この頃は私も物事に対して一面的な考え方ではなく種々の方面から眺め、かなりひろい見方をすることができるようになってきましたが、この小説を読んでますますその方面に私の教養が必要であることを感じました。ゲーテにおいてキリスト教的要素と、ギリシア的要素とが非常に美しく調和されているのを感じました。そしてそのことは人間としても、芸術家としても私の常に志している課題でありました。近頃こんなに感心した小説はありませんでした。そして私はあなたの訳文が、ゲーテのこの作のムードをうつすのに最もふさわしく成功していることを感心せずにいられません。私にはあなたの訳が最も理解しやすく、そして正確に感じられました。この訳をぎこち[#「ぎこち」に傍点]ないと評する人があるのを不思議に感じました。あるいは私があなたの文章のスタイルを習熟しているからかもしれませんが、私は、この訳はあなたの頭のクリヤーなこと、そしてムードの品よく礼儀に適い、またクラシカルでい
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