字上げ](久保謙氏宛 三月十八日夜。中村病院より)

   久保正夫氏宛

 しばらく御無沙汰しました。実は昨日の朝男の子が生まれました。私は興奮してそわそわしています。男の子で、よく肥って元気そうな男らしい顔をしています。母親も達者ですから悦んで下さい。名は地三とつけました。赤ん坊の泣き声を隣室できくとすぐ父の愛が湧きました。それまでは何の感じもなく、ただ産婦の呻吟《しんぎん》するのを不安に感じて、うろうろしていましたが、不思議なものですね。私はこの愛すべきものを保護してやろうと思いました、そして長生きがしたくなります。私の健康を大切にせねばならぬと思います。
 先日謙さんに手紙をかいたら後で熱が少し出ました。それで長い手紙をかくのを恐れています。お絹さんが寝ているので代筆してくれるものがなくなりました。読書もまた禁じられています。春の動いていることを物干場に出てわずかに知っています。そこから街《まち》の上にかかる青空と遠い山脈の一端とを見ます。
 私はまことに貧しい生活をしています。江馬君の書物は喜んで頂きます。やがて私のも同君にあげたく思います。[#地から2字上げ](三月二十三日)

   久保正夫氏宛

 ながらく御無沙汰となりましてまことにすみませんでしたがどうぞお許し下さいませ。
 先日は脚本を頂戴いたしましてありがとうございました。早々お礼を申し上げねばならぬと心にかかりながら、どうも病気がよくありませんので、そのほうに手をとられまして手紙かくことができませんでした。
 この頃もやはり三十八度八分の熱は午後に出ますので困っております。それに食欲がだんだん減退しますので、心細くていけません。江馬様にお礼が申し上げたいのでございますが、今どうしてもしみじみとした手紙が書けません。どうぞこの場合何もかもお許し下さいますように、あなたからよろしくお伝え下さいませ。みな様へすまないと思う心にせめられています。どうぞ許して下さいませ。少しく快くなりましてからお手紙がかきたいとばかり思っています。
 日増しに暑くなりますからお体お大切に暮らして下さい。もう近いうちに「出家とその弟子」の本ができますから、そしたらあなたと江馬様に送りますから読んで下さい。
[#地から2字上げ](中村病院より)

   墓場にこそ幸福はあれ

 ずいぶん御無沙汰いたしました。あなたはこの
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