すます人生は私に淋しく、つらきものになりそうです。私は心のうちに寺を建てることを急がなくてはなりません。私はあなたにも実にすみません。私はわがままで身勝手をいたします。私はそれをよく承知しています。許して下さい。私は人を、おのれをむなしくして愛するにはあまりに貪婪《どんらん》で、執着心が強過ぎます。自分のことばかり考えています。そのくせ他人の愛を求めてその薄いのを怨むのです。
あなたは人並みでない、独自な心の生活をしだいに深くしてゆかれるように私には見えます。そして他人にはうかがわれないような、知力や意力の非凡な人のみ持つことのできるような世界を魂のうちにつくってそこに棲むようにおなりなさるのではありますまいか。それは淋しいものでしょう。山の中の湖水のような、他から何とかいって浅く、普通な見識で裁くことはできますまい。あなたの世界も淋しい、不幸な、人に毀《こぼ》たれないようなものを望んでいられるように見えます。私も心のなかに寺を建てたいのです。人の批評に超越した安息の場所を。それは不幸な苦しいものに打ち克つ魂の力によってのみ成立するものでありましょう。私もなにとぞほかの境遇とはかけ離れたような、深い魂の境涯に入りたく思います。今のところではまるでほかのもので支配されています。財産が少ないといっては驚き病気が進んだといっては嘆き、惨めなものです。自分のつまらなさにあきれます。では今夜はこれで失礼いたします。乱れた手紙ばかり書いてすみません。[#地から2字上げ](久保正夫氏宛 庄原より)
瀬戸内海の漁村に「出家とその弟子」を執筆す
かなり長い間手紙らしい手紙もあげずに失礼しました。あなたの日光からのハガキと今度のお手紙とを私は広島で見ました。実は私はあの後健康がおもしろくなくて、広島に診察を受けに来ました。医者は今が大切な時期であることを警めて、私にこの冬期を温かい海辺で過ごすように勧めました。で私は四、五日前にここに来ました。ここは広島湾の東南部にある小さな漁村です。温《あたた》かくて静かです。私はとある裕福な農家の二階を間借りをして、お絹さんと二人で暮らしています。ここに移ってからは私の病気は大分よいようです。晴れた日には広い畑に出てなれぬ仕事、稲こぎや麦蒔《むぎま》きなどの手伝いなどもできるくらいになりましたから、あまり心配しないで下さい。
あなた
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