の生活には希望をつないでいないように見えます。人生はこうしたもの、それは何かの報いであって、墓のあなたにのみ安息を待つ心になっています。そして私の心持ちとよくあい、私の話を悦んでききました。あなたの母上といい、私の父といい、まことにいとしい身の上と思います。けれど私の父はつもる不幸を耐えてきたおかげか、人生に対するさまざまのかなしみにもなれ、心の自由と愛とを穫《え》ているようです。
 私は静かななやみに練らされた心で日々の努めをはたしつつ暮らしています。からだはまず障りのないほうですが疲れやすくて困ります。肉のとらわれを脱して、高きに翔《かけ》らんとねがうたましいばかりは、ますます濡れ輝いてゆくのを感じます。深く深くなりまさります。東都の天香さんは別れて後もたびたびねんごろな励ましの手紙を下さいます。その手紙のなかには私に出家することを古えからの聖人たちの例を引いて勧めていられます。一燈園では私の亡き二人の姉のために二七日と四七日の法事を営んで下さった由、天香さんから便りがありました。本田さんは一燈園で満足して日々の労作にいそしみつつ念仏の生活を送っています。虚栄心の少ない、誠実な彼女のような性格には一燈園はもっともふさわしいところと思われます。
 天香さんは近く上京せられる由、その節はあなたにも会われることでしょうが、ものの考え方や、身の持ち方が、あるいはあなたには心にしっくり合わないかもしれない、とひそかに危ぶんでいます。天香さんはあたかも、あなたと私との性格の相違した部分を誇張して具象化したようなふうにあなたの前に現われるかもしれません。けれど博くして、理解の細かなあなたは天香師をもつつみうることとは信じています。
 私の家は姉の死によって起こされた変動のために後始末を整えなくてはならないことになっています。あるいは一家を引きあげて東京近くに移住するような議も出ていますが、さまざまの事情ではたしていかになるかはまだ定まりませぬ。
 一番かわいそうなのは和枝という子です。和枝はおそらく母とともに父をも失うことになりましょう。この間の夕ぐれも、私が亡き姉の生前中のことなど思いながら、田圃みちを散歩していますと、向こうの畦《あぜ》のようなところを乳母が和枝を抱いて、おのが家に帰って行くのを見かけました。私は近づいて乳母と一緒に姉の新しい墓のところまで歩きました。乳母
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