ち自らの慰めになりました。医者もこのような美しい臨終に立ち会うたことはないといって賞めました。全く上品往生《じょうぼんおうじょう》というのはかような死に方をいうのであろうと思います。並みいるものは尊い力に打たれました。私は姉は今はもはや美しい仏となって聖衆《しょうじゅ》たちと交わり、私たち生き残れる者をあわれみ守っていてくれることと信じます。
姉の三十年の短かい生涯は幸福なものとはいわれませんけれど、今は安らかな国に観音様のようになっていることと信じます。死は安らかな、休息であろうというような、死のなぐさめというような感じがいたします。その人にとって地上の生涯は苦しみとかなしみの連続であった、人は受くべき罰と負うべき重荷を果たして今こそ安らかな時は来たという気がするであろうと思います。人生はさまざまな苦しみと悲しみから脱することはできません。彼岸の安息の希望なくば私たちは永遠の地獄に住まねばなりますまい。私はやはり刑罰の思想が一番この世界のイヴィルを説明して心に適うように思います。私たちはかつていつか悪いことをした。その罰でこの世では苦しまねばならない。その負担を果たしてかの国に往生することができる。なぜに世界はコスモスでないかということは私たちの道徳的意識を満足させるためには、ただ私たちは悪いことをしたからだと思うよりほかに道はないように感じます。ストリンドベルヒは It is a crime to be happy and therefor happiness must be hastized. といっています。地上の幸福というものは望みうべからざるものであるのみならず罪深き人間には不合理なものではありますまいか。神の法則は一度人間を罰しなくてはならない、その後ろに、むしろそのなかに救済はあるのでありましょう。
私は姉の死から深い感銘を受けました。私たちもじきに死ぬのです。なつかしいかの世界の民となるために、この世では一つずつ負担を果たさせてもらわねばなりません。ああわれらモータル! あるいは今年の夏には他の二つの不祥に遭遇《そうぐう》せねばならぬかもしれません。私は葬式後|初七日《しょなのか》の喪のあけぬまの、〔fune`bre〕 な空気のなかでこの手紙を書きました。私自身は淋しく強く生きます。人生はどのような畏ろしいことが起こるかわからないのですから、い
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