わずばわれ正覚をとらず」というのがあります。愛せんとするねがいが、いかに強かったのでしょうか。
私は岩波さんから返書が来れば、すぐに仕度をして、両親に願い、できるだけ早く庄原を出る気です。西田さんが東京にいられれば、あなたがたにも、お目にかかられるわけです。もし東京より遠いところならば、お目にかかれぬかもしれません。しかし少なくとも、あなたがたに会いには参りますから、お目にかかれることと存じます。けれどこの計画も神の聖旨でないならばまた崩れるかもしれません。まったく十日先のことは予言できませんね。
明日は本田さんが、帰国の途中私の宅を訪ねて下さるそうです。東京の様子も聞かれることと楽しんでいます。
愛する謙さん、なにとぞ自重して下さい。祝福せられて暮らして下さい。私はこの数か月迷って迷ってちっとも方針が決まりませんでした。あなたは魚住遺稿をお読みなさらぬなら、終わりのほうだけ読んで御覧なさい。私は感動いたしました。
[#地から2字上げ](久保謙氏宛 十月二十九日。庄原より)
乱るる心と修道院への憧憬
湿潤な秋の雲のように物憂い私の心のうちは、近頃ややもすればみだれがちにて、今朝もとうとう雨になった庭を見ながらさまざまな淋しいことが考えられて、しおれていました時にあなたのお手紙が参りました。あなたのゆき届いた優しい言葉は静かに私を慰めてくれました。なんで私の心が傷つきましょう。私はむしろいつもうろうろと休息を知らない私のたましいのふつつかな騒擾《そうじょう》があなたの生活をみだすことをおそれています。自分の近くに unruhig な人を持つことはうれしいものでないことは知っていますけれど、そして私はみだれたときには少し待っておちついてから後に手紙を書くべきかとも思いますけれど、思ったことをすぐに書くものですからあのようになります。しかし私のどのような心地で暮らしているかということはあなたは察して下さいます。私はやはり私としては自然な手紙の書き方をすることを寛大に容れて下さることを期待して遠慮せずに心の一仰一揚をそのままたよりさせていただきましょう。
あなたのこの前のお手紙にあった「愛されの意識」は私も人性の深い純なねがいとして、私たちの完くなろうとする憧憬《どうけい》のおもなる動機と思います。私は「神となり、超人となろうとする意志」などはかえって被
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