われない。ただあなたの役目の解釈に少しばかりの自由を保つのにすぎないことではあるまいか。
基康 その少しばかりの自由から、どれほどの大事がまたわしの身に起こってくるかしれたものではない。あなたがたはこの命令の発布《はっぷ》者がどんな性格の人であるかを忘れはすまい。獅子《しし》の意志は鼠《ねずみ》にはわからない。
成経 わしは同じ弓矢をとる武人《ぶじん》としてあなたの義気《ぎき》に訴《うった》えたい。
基康 (気色《けしき》を損じる)この場合わしに対してあまり押しつけがましく出ることは、あなたがたの利益でないことはないか。
成経 (怒りをおさえて沈黙す)
康頼 わしはただあなたに乞《こ》うほかはありません。われわれのみじめな姿《すがた》があなたにあわれみを起こさせぬであろうか。あなたがもし俊寛殿の地位に立ったとしたら!
基康 わしはあなたがたに同情しないのではない。だが、ながい間の職務上の経験から同情と役目とを別々に考えることにしているのだ。
康頼 窮鳥《きゅうちょう》がふところに入る時は猟師《りょうし》もこれを殺さないと申しますが。
基康 わしはこういう立場に立ったのは初めてではないの
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