かしわしの一身の安全も計《はか》らずにはいられない。
俊寛 (嘆息する)あゝ、あなたは悪い人間ではない。しかしただそれだけにすぎない。
基康 成経殿、康頼殿、出発のしたくをなされい。
成経 わしからあなたに改めてお願いする。なにとぞ、俊寛殿をもわれわれといっしょに都《みやこ》へ連れ帰っていただきたい。
康頼 われわれは長い間この島で困苦をともにしました。今俊寛殿だけをこの島にひとり残して帰るに忍《しの》びません。
基康 あなたがたの気持ちはあなたがたとしてしごくもっともに思われる。しかしわしの立場としては前いったことをくり返すほかはない。
成経 あなたの立場はわからないではありません。だがこのわれわれにとって千載一遇《せんざいいちぐう》の非常の時機に際して、あなたの一身の安全をはかるよりほかに、われわれのためにあえてしていただくことは願えないものであろうか。
基康 (不愉快そうに)わしには妻子があるのだ。わしの思いだす限りでは一家の安全をかけてまで、あなたがたのためにつくさねばならぬほどの恩を受けてもいないようだ。
成経 しかし、あなたにとっては一家の運命を賭《と》するほどの大事とは思
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