て康頼のあとを追うてはせ去る)
俊寛 (前のところに不安そうに立ったまま)あの船は陰府《よみ》から来たように見える。(心の内にさす不吉の陰を払いのけるように首を振る) わしはばかげた妄想《もうそう》に悩《なや》まされているかもしれないぞ。そうであってくれ。そうであってくれ。わしのこの恐ろしい考えには少なくとも根拠《こんきょ》はないのだ。たしかに根拠はないのだ。ただわしにそういう不安な気が何となくするというのにすぎない。そんなことが何のあてになろう。(沖を見る。ふるえる)どうしたのだ。(打ち負かされたるごとく)あの船の帆は死骸《しがい》の顔にかける白い布《きれ》のようにわしに見える。(墓標のごとくにじっと立ちたるまま動かぬ)
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ながき沈黙。やがてやや近き沖にて銅鑼の声つづけざまにひびく。
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     第二場

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船着き場。まばらなる松林。右手寄りに小高き丘の一端見ゆ。そのふもとにやや大なる船|泊《と》まりいる。正面に丹左衛門尉基康《たんざえもんのじょうもとやす》その左右に数名の家来《けらい》槍
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