ださい。わしはあなたを責《せ》める気は少しもない。あなたはあまりに痛ましい。困苦寂寥《こんくせきりょう》の歳月《さいげつ》があなたの忍耐《にんたい》力を奪ってしまったのだ。あなたは心の平衡《へいこう》を支える勇気を砕《くだ》かれてしまったのだ。だれがわれわれのような境遇にあって自暴《やけ》にならないでいられよう。わしはわしの心が砂のように崩壊《ほうかい》するのを防ぐために必死の力をつくしている。しかも踏《ふ》みしめても、踏みしめても、足下の大地のずり[#「ずり」に傍点]落ちるような心を制することができないのだ。
成経 わしは昨日《きのう》巌《いわ》の上に立って、一そうの船も見えない、荒れ狂う海を見ていたとき、強い強い誘惑《ゆうわく》を感じた。わしは足がすべって前にのめりそうな気がした。しかもわしはそれにほとんど抵抗する気力を欠いていた。もしあの時康頼殿が、とぼとぼと波打ちぎわを歩いて、首をたれて考えに沈みながら、わしのほうへ、おそらくわしのいることも知らずに、近づいてこられるのを見なかったら、わしはどうなっていたかわからない。その姿《すがた》はわしに何とも言えない、愛と憐憫《れんびん》
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