から。乏《とぼ》しい草木《くさき》も春の装《よそお》いをしている。わしは昨日《きのう》森の中を終日《ひねもす》花を捜して歩いた。都《みやこ》にあるような花は一つもなく、皆わしの名を知らぬ花ではあったけれど、それでもわしに春のこころを告げてくれた。交野《かたの》や嵐山《あらしやま》の春を思えばたまらない。桜《さくら》の花のなかに車をきしらせた春を思えば。つんだ花を一ぱい車の中にまいて、歌合わせをして遊んだ昔の女たちを思えば。わしはむしろ死を願う。彼の女らは皆わしに好意を持っていた。わしはやさしくて趣味がすぐれていたから、わしがたわむれに袖《そで》を握って言い寄った時に、あの機知のある歌をつくってわしをたしなめた美しい藤姫《ふじひめ》はどうしたろう。(間)あゝ、わしの幸福は過ぎてしまったのだ。(浜辺《はまべ》を歩む)何というさびしい春だろう! きょうもまた砂浜を走って波とたわむれて遊ぼうか。(汀《みぎわ》をつたう)あゝ浜千鳥《はまちどり》よ。わしの思いをお前が故郷《こきょう》にはこんでくれたら!
成経 (叫びながら登場)餓鬼《がき》だ。これほどあさましくなれば申し分はない。
俊寛 (手を振
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